ゲーテの『ファウスト』は『書きたがる脳』のしわざだと思うし、ついでに「ゲゲゲ」もどうですか

 
(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

岩波文庫の初版は、昭和33年。

ゲーテ(1749-1832)の『ファウスト』は、彼のライフワークと言っていいでしょう。

ゲーテは、この大作を24歳で書き始め、82歳で書き終え、83歳で亡くなりました。
天才をもってしても、この詩劇の完成にほとんど全生涯を要したのです。

馬琴先生の『南総里見八犬伝』(28年の執筆期間)や、
マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』も長篇ですが、
ゲーテの『ファウスト』における24歳から82歳というのはあまりにも長い執筆期間ですね。
(その間に他のものも書いたでしょうが…。)

それにしても。
この長い作品の1ページずつが、ちぎって食べてしまいたいくらいの美しさです。

悪魔や博士や道化師や魔女、皇帝や天使など、多くの登場人物が語り、歌い、踊ります。
中には、「空想的花輪」や「空想的花束」という何やら叶姉妹的なものさえ出てきます。

これはゲーテの脳内にある舞台で繰り広げられた「やりとり」を書き取ったものなのでしょう。
彼はこれを書かなかったら、頭がおかしくなったのでは?
紙に落とすことで、かろうじて生き永らえたのかも、と想像するのです。
(だから、書き終えて亡くなったとか…。)

「いやはや、芸術は長く、われらの生命は短いのでございます。」

ほんま…。

『書きたがる脳』:その傾向の理由という記事も、ぜひご覧ください。)

***

『ファウスト』は長くて大変という方、こちらはどうですか?

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

「支配したり服従したりしないで、それでいて何物かであり得る人だけが、
ほんとに幸福であり、偉大なのだ。」

「耳ある者は聞くべし。金ある者は使うべし。」

あはは。

ところで。水木しげるさんもゲーテがお好きだったようですね。
紹介しておきます。

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

『地下鉄のザジ』と『ぼんぼん すふぃあ:カトリーヌ・ボンボンの内なる世界』

(画像をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

 

原作は、1959年のレーモン・クノーの同タイトルの小説。(映画化は1960年。)

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

ルイ・マル監督(1932 – 1995)ならではのセンスと演出の効いたコメディ。地下鉄に乗るのを楽しみに地方から出てきた10歳の少女ザジは、2日間パリに住む親戚のガブリエルおじさんに預けられる。ところが、お目当ての地下鉄に乗れないと知らされ、ザジはおじさんの元を抜け出し、パリの街へと繰り出す。

わたしの好きな映画に『地下鉄のザジ』があります。
いつ観ても主人公ザジの神出鬼没ぶりには心が躍ります。
映画の中のザジはまだ幼い少女ですが、
彼女の大人になった姿は、想像するだけで楽しくなります。
そう、ザジはわたしでもあるのです。

そう「あとがき」に書いた、わたしの本はこちらです。

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

ザジを演じた「カトリーヌ・ドモンジョ」と拙著の「カトリーヌ・ボンボン」が同じ「カトリーヌ」という名前であることに、今、気がつきました!

カトリーヌ (Catherine, Catarine)は、フランス語圏の女性名。ギリシア語で「純粋」という意味を持つ「カタロス」(καθαρός, katharos)という言葉に由来する、とのこと。

ウィキペディアのカトリーヌ・ドモンジョの欄には、アニメの『ヤッターマン』の「ドロンジョ」のモデルとなっている、とあるのですが、それはどうかな?(「ドモンジョ」から「ドロンジョ」?)
ただし、「ドロンジョ=身長173cm」とあり、またしても長身!

「ザジ」と「ドロンジョ」を並べてみると、「何がどうなって、そういう仕上がりに?」という記事にも書いた、「奔放な小さい子」と「やり手の長身美女」のミックスに、わたしの根源的な志向があるのだと思いますね。これはもう隠しようがありません。

ちなみに「カトリーヌ・ボンボン」の身長は168cmで、まだこれから伸びるかも、という設定です。
ぜひ、こちらもお手に取ってご覧ください。

出版の経緯などは、こちらに書きました。
ぼんぼん すふぃあ:カトリーヌ・ボンボンの内なる世界
そのチラ見せも。

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

Enjoy your life!

 

リルケつながり:『若き詩人への手紙』の言葉を彫ったレディー・ガガとサンローランの成功をそばで見た人の目に映ったもの

レディー・ガガの左上腕内側には、リルケの『若い詩人への手紙』の一節が、
ドイツ語でタトゥーとして入っているそうです。

2行目に小さな文字で、”12-18-1974″とあるのは、19歳で亡くなったという彼女のおばさんの命日。
(また、ニューヨークにある彼女の父親のレストランの名前でもあるとか?)

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

レディー・ガガの左上腕内側のタトゥーのフレーズは、この本では15ページ目にあります。

もしもあなたが書くことを止められたら、死ななければならないかどうか、
自分自身に告白して下さい。
何よりもまず、あなたの夜の最も静かな時刻に、
自分自身に尋ねてごらんなさい、私は書かなければならないかと。
深い答えを求めて自己の内へ内へと掘り下げてごらんなさい。

このフレーズの後には「答え次第では覚悟が必要ですよ」ということが、
かなりの言葉を尽くして書かれています。

ライナー・マリア・リルケ(1875年 – 1926年)の『若き詩人への手紙』は、一人の青年(詩人志望のフランツ・カプス)が直面した生死、孤独、恋愛などの精神的な苦痛に対して、リルケが深い共感に満ちた助言を書き送ったもの。

『若き女性への手紙』は、子供との二人暮しを支えるために働きながらリルケの詩を読んでいたリーザ・ハイゼが長い苛酷な生活に臆することなく大地を踏みしめて立つ日まで書き送った手紙の数々。

リルケの誠実な返答や芸術についての考察は、わたしたちにも励ましと力を与えてくれます。
(おそらく、レディー・ガガもそう感じたのではないでしょうか。)

リルケと言えば、もう1冊思い出す本があります。

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

イヴ・サンローラン(1936年 – 2008年)のパートナーだった、ピエール・ベルジェ(1930年 – 2017年)の回顧録『イヴ・サンローランへの手紙』です。

この本の中に見つけたリルケの言葉は…

「栄光は誤解の総和だ。」

リルケの『ロダン論』の一節らしいのですが、イヴ・サンローランの成功とその周辺にあったものを、長年にわたり目撃し続けた人には、「まさに!」と感じられたのでしょう。

栄光の表と裏。光と影。理解と誤解の狭間。実と虚無。すべてをひっくるめて、そう、ひっくるめて何なのでしょう…。「宇宙は空っぽであり、何でもある」、でしょうか。

 

ジョナサン・ケイナーの「目的」に関する言葉

今も、時々この言葉を思い出します。
2011年秋の「ジョナサン・ケイナー(占星術師)」の言葉です。

彼のサイトはこちらです。
https://www.cainer.com/japan/

(ジョナサンが亡くなった現在、甥のオスカー・ケイナーが継いでいます。)

私たちは株を取引するために地球に送られてきたわけではありません。満足のいかない仕事をしたり、欲求不満の絶えない状況に取り組んだりするために、ここに来たわけでもありません。私たちは次のようなことをするために地球にやってきました。

1)すばらしい発見をする。
2)有意義な体験を誰かと共有する。
3)自分を感化してくれるものを見つけ、それに従う。
4) 創造性・愛・優しさを発揮し、幸せになる。

でも、私たちは上記の目的を忘れてしまうことがあります。自分の直面している状況に心を奪われ、
それらの目的を思い出させなくなることもあります。今、あなたは心配事を抱えているかもしれません。にもかかわらず、あなたの心を喜びで満たす体験は、あなたが思っているよりも近くにあります。

どんな言葉も、役立てようと思えば、役立てることができます。

そのつもりで「いいアンテナやセンサー」を持っていたいですね。

切に。

Enjoy your life!

何がどうなって、そういう仕上がりに?

子どもの頃の憧れは「峰不二子」でした。
漠然と、大人になったら、こんな感じになれるのだろうと思っていました。
(画像をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

ところが、そうはなりませんでした。現実は残酷です。

(画像をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

『To-y(トーイ)』に出合った時には、二人の登場人物に魅かれました。
「加藤か志子(かとう かしこ)」さんと「山田二矢(ニヤ)」ちゃんです。
(調べたら、「か志子さん」って身長172㎝もあったんですね。)

今は、厚かましくも「ニヤちゃん」混じりの「か志子さん」にはなれたかも、
と思っています。(ほんま厚かましいな…。)

これ、別のキャラクターで言うと、
「アクビちゃん」混じりの「妖怪人間ベラ」ですね。
(調べたら、ベラは身長170㎝。←また身長かい!)

つまり、「奔放な小さい子」と「やり手の長身美女」のミックスです。

(昔のアニメなので、ご存じない方のために動画を置いておきます。)

それから、さらに何十年も経ち、今は、「猫村さん」も入ってきたなぁと感じています。
こちらは「猫」と「人間」のミックスですね。

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

コミックスやアニメのキャラクターに自分に似た一滴を発見して、
何かを投影するっていうこと、少なからずあると思います。

それが自分のアイデンティティの一部を補強するという効果も、
まぁあるでしょうね…。

はい、確かにあります。

「奔放な小さい子」と「やり手の長身美女」、そして「猫人間」。
わたしじゃないですか!
(実は他にもあります…。)

皆さんはどうですか?
何がどうなって、そういう仕上がりになったのでしょうか?
そこにコミックスやアニメのキャラクターは影響しませんでしたか?

『Things In Life』:信念

デニス・ブラウンの『Things In Life』。

ゆるくて、素敵。

歌詞のこの部分がいい。

It’s not everyday we’re gonna be the same way
There must be a change somehow
There are bad times and good times too
So have a little faith in what you do

私たちが毎日同じようになるわけではない
何とか変更が必要です
悪い時も良い時もある
あなたがしていることについて少し信念を持ってください

はい。

信念を…。

Enjoy your life!

 

『キンキーブーツ』:「勇気・元気・覇気」の源


(画像をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

イギリスの田舎町にある、実在する紳士靴メーカーの話を基に作られたミュージカル。代々、機能的で地味な男性用の靴を作ってきたプライス家は、今にも倒産しそう。父の跡を継いだ青年チャーリー・プライスは思いもよらない人物をコンサルタントとして迎え、意見を求める。ドラァグ・クイーンの考える、常識破りで大胆なデザインは、古い工場に新しい風を吹き込む。彼(彼女?)は調和するためには“際立つ”ことが大事だと言うのだ。

ビジネス再生の物語であると同時に、二組の「父と息子」の間にある葛藤、
ジェンダー・バイアスへの提議など、テーマがうまくミックスされています。

ドラァグ・クイーンによるショーの場面は、最高!
「性別より勇気でしょ?」というセリフも効きます。
挨拶で、「紳士、淑女の皆さま」の後、
「そして、まだどちらにするか迷っている皆さま…」と続くのもいい。

「勇気・元気・覇気」は自らの手で引っ張り出すものだなぁと、また改めて思います。

音楽が素敵なので、サントラも買いました。

“Yes Sir I Can Boogie”という曲がカッコいい。

 

…泣ける。

ドラァグ・クイーンを演じるキウェテル・イジョフォーは、
『それでも夜は明ける』(12 Years a Slave)でも主役として好演。

Enjoy your life!

 

『I Will Survive』:この世界を気に入っているか?

 

グロリア・ゲイナー、現役だ。(カッコいい!)
https://www.gloriagaynor.com/

これは恋愛の歌ですが、もっと違う意味にも聴こえます。

もしあなたが「今」そして「ここ」をサバイヴするだけで大変な世界だと感じているなら、
適切なゲームに参加していない可能性があるのでは?

同意していない世界で、
自分の気に入る自分であることは難しいと思うからです。

つまり、「この世界を気に入っていますか?」ということです。

わたしも自分に問います。
問うことが「適切にサバイヴすること」につながるのだと思います。

Enjoy your life!

 

『知への賛歌―修道女フアナの手紙』:彼女の意志

 (書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

著者は、ソル・フアナ=イネス・デ・ラ・クルス[1651−1695]。
300年以上前のメキシコ女性です。
ソル・フアナ=イネス・デ・ラ・クルスとは、
「十字架の修道女、フアナ・イネス」を意味する宗教名。

詩人であり、スペイン・ハプスブルク帝国の末期、植民地に生まれた、
同時代のスペイン文学最大の作家。
現在、その肖像はメキシコの200ペソ紙幣で使われている。
(「アメリカ大陸初のフェミニスト」と言われているそう。)

17世紀末、本を読みたいがために、学問をしたいがために、作家になりたいがために、
戦略的に修道女になったという彼女が残したのは、詩と手紙。

社会の規範や道徳に抗議し、恋愛の機微や女性の生き方・権利、学問への希求、
彼女の思想などを文学に持ち込み、恐れなく明快に表現した。

168番に、「でも私が、まだましとして選ぶのは、好きでない人の、猛々しい女王となること、
私を好きでない人の、哀れな戦利品となるよりも。」
とあります。

美貌の人だったらしく、
いわゆる「トロフィーワイフ」のような立場への誘いもあったのかもしれません。

しかし、17歳で自ら修道女となり、43歳で亡くなるまで、
修道院から一歩も出ない生活を送るのですから、その「意志」たるや。

17世紀末のメキシコの抑圧的な社会というのが、
わたしの想像の手が届くものではないのは承知の上で…。

まだ映画にはなっていないようですが、
彼女の生涯を描いたドラマ(7回シリーズ)がありました。
『修道女フアナ・イネス』 | Netflix (ネットフリックス)オリジナル作品

観ますね。

 

『博物誌(ルナール)』:小さくも壮大な世界を見る目


(この美しい書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

著者は「にんじん」を書いたジュール・ルナールです。

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

(「にんじん」と「博物誌」は青空文庫にも公開されていますね。)

以下、「博物誌」から引用します。

「蜘蛛」
髪の毛をつかんで硬直している、真っ黒な毛むくじゃらの小さい手。
一晩じゅう、月の名によって、彼女は封印を貼りつけている。

「蝶」
二つ折りの恋文が花の番地をさがしている。

「蟻」
一匹一匹が、3という数字に似ている。
それも、いること、いること!
どれくらいかというと、333333333333……ああ、きりがない。

「鳥のいない鳥籠」
僕のお蔭で、そのうちの少なくとも一羽だけは自由の身でいられるんだ。
つまり、そういうことになるんだ。

俳句にも似た観察。
圧縮され、そして開放された表現。
これが、彼の目が見た世界の一部、なのですね。

わたしはフランス語を日本語に訳したものに魅かれるのですが、
この本も間違いなく、その一冊です。

 

『世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生』とペンシルベニア大学のアセスメント他

マーティン・セリグマン教授が提唱するポジティブ心理学の研究に基づいた、
「本当の幸せ」を手に入れるためのあれこれ。

「本当の幸せ」は人によって違う部分もあります。
ゆえに、自分なりの「幸せ」を定義しておくことも大切ですね。
(わたしの姪は、幼稚園の頃「しあわせ=みんな大好き!っていうこと」と言いました。)

この本では「幸福の公式」が挙げられています。

幸福の公式:H=S+C+V
H:永続する幸福のレベル
S:その人にあらかじめ設定されている幸せの範囲
C:生活環境
V:自発的にコントロールする要因

彼は、ペンシルベニア大学のポジティブ心理学センターの長でもあります。
こちらに、多くのアセスメントが用意されています。

https://www.authentichappiness.sas.upenn.edu/ja/testcenter
(日本語でもOKなので、ぜひ活用してください。)

***

もう一つ、記事を添えておきます。
科学が証明したすぐ幸せになれる16の方法

上記の「幸福の公式」における「自発的にコントロールする要因」と言えるでしょう。

◆すぐ幸せになれる、ちょっとしたこと5つ
1. ほほえむ
2. 背筋を伸ばして大股で歩く
3. 声をあげて笑う
4. お茶の時間など、小さな瞬間を楽しむ
5. ほかの人に親切にする

◆毎日の習慣になると幸福になる6つのこと
1. 祈る
2. 動物と遊ぶ
3. 感謝の日記をつける
4. 楽しい音楽を聴きながら協力しあう
5. 睡眠を十分にとる
6. 公園に散歩に出かける

◆少しがんばると幸せにつながる5つのこと
1. 運動する
2. 瞑想する
3. セックスする
4. ボランティア活動に参加する
5. 旅行に行く

この16の方法にオリジナルを加えることもできますね。

つまり「幸福感」は、意外と自分でどうにかできるものなのです。
前向きにいきましょう。

Enjoy your life!

 

『いきな言葉 野暮な言葉』:「おちゃっぴい」とか「おきゃん」とか

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

中村喜春さんの著書。
1956年(昭和31年)アメリカに渡り、晩年はニューヨークで過ごす。
2004年、ニューヨークの自宅にて逝去。

何度も読んでは「おちゃっぴい」のところで手が止まります。
「お茶挽き」から派生して「おしゃべりで活発な女の子」を指すようになったとか。

おきゃん」と言葉の印象は似ていますが、
こちらは、「勇み肌で粋なことや人」という意味だったそう。

かつては「おきゃんぴー」という女性お笑いコンビもいたみたいです。
(コンビ名としては、可愛くて素敵です。)

自分のキャラクターを端的に表す用語は持っていた方がいいように思います。
周りの人に聞いてみるのもいい方法ですね。

 

『シャネル 人生を語る』:激しく強く生きた人

(こちらは、獅子座の女シャネルの新訳だそう。)

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

シャネル(1883.8.19 – 1971.1.10)という人、
そして、そのブランド名を知らない人はいないでしょう。

古いものに「NO!」と言い、世界がそれに同意したと言えば、大げさでしょうか。

自分の好きなものをつくるためではなかった。
何よりもまず、自分が嫌なものを流行遅れにするためだった。
わたしは才能を爆弾に使ったのだ。

NOのモチベーションの強いこと。
そして、それがGOの意志と一直線になったということですね。

しかし。
古いものを壊したはずのシャネルが、世界的企業となり、
ハイブランドとしての地位を築いて、早くも何十年かが経ちました。

さらに時を経て、新しい何かが現れる時、
わたしたちは、どんな反応を示すのでしょう。

本には、他にもシビレる言葉が、たくさんあります。

猫みたいに抱きかかえられるのも嫌い。
わたしは自分が歩いてきた道をまっすぐ行く。
たとえその道がうまくゆかなくても。

15年間の一時的な(と言っても長い)引退のあと、
70歳で復帰し、87歳で亡くなるまで猛烈に仕事を愛した人。

このブランドのすごいところは、今、彼女が生きていても、
しっかりOKを出すであろうものしか市場に出てこないところです。
このゆるぎなさが、ゆるぎない…。

彼女のライバルとも言われたエルザ・スキャパレリ
『ショッキング・ピンクを生んだ女』:スキャパレリはいかにして伝説のデザイナーになったか
という記事も、ぜひご覧ください。)

これは、シャネルの写真の中でもわたしが一番好きなものです。
(美しく、気高い。)

シャネル

 

『ショッキング・ピンクを生んだ女』:スキャパレリはいかにして伝説のデザイナーになったか

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

これは、1954年に出版されると同時に本人の引退というショッキングな話題を呼んだ、
エルザ・スキャパレリの自伝です。

ショッキング・ピンクという色を発明したスキャパレリ。

1930〜40年代にシャネルとともにパリのオートクチュール界の女帝として君臨した、
最も創作力ある個性的なモード界のシュルレアリスト。

通称スキャップ。

サルバドール・ダリやジャン・コクトー、マン・レイ、
彫刻家のジャコメッティたちとの交流を深め、
アートとファッションの融合を図ったアバンギャルドの権化。
(シャネルは、彼女の才能に嫉妬していたとか?)
(参考:『シャネル VS スキャパレリ』)

彼女のメゾンで働いていたデザイナーには、ピエール・カルダンジバンシィらがいます。

生まれた時に女の子だったのをガッカリされて、名前も用意されていなかった彼女は、
特にファッションを志していたということでもなく、
むしろ詩人が生きるために展開したお商売のひとつがファッションだった、という感じ。

スキャパレリの言う「女性のための十二戒」

1. 自分自身を知らない女性が多いが、知ろうとするべきである。

2. 高価なドレスを買っては取替え、よく悲惨な結果になる女性は、
無駄遣いをしているし、ばかである。

3. たいていの女性、および男性は色がわからない。
忠告を求めるべきである。

4. 覚えておいてほしい–女性の20%は劣等感を持っている。
70%は幻想を抱いている。

5. 90%は、自分は派手なのではないかと悩み、
人にどう言われるか気になっている。
だから、グレーのスーツを買う。
思い切って違うものを選んでみるべきである。

6. 女性は適格な人物の批評や助言を聞いたり、求めたりするべきである。

7. 服を選ぶときは、ひとりで選ぶか、男性と一緒に選ぶべきである。

8. 女性とふたりで買い物をしてはならない。
故意もしくは無意識に、相手にしっとすることになりやすい。

9. 買うのは少しだけにする。
そして一番いいもの、もしくは一番安いものを買うべきである。

10. ドレスを体に合わせるのではなく、ドレスに合うよう身体を鍛えること。

11. 自分のことをわかっていて尊重してくれるような店、
主に一軒で買うべきであり、流行を追い回そうとしないこと。

12. そして、支払いは自分ですること。

ん?と思うところがないわけではありませんが、
「我が意を得たり!」と思うところもありますね。

(2013年、彼女の名前を冠したブランドが復活しています。)

 『シャネル 人生を語る』:激しく強く生きた人も、ぜひご覧ください。

『キュリアス・マインド』:好奇心の行方


(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

サブタイトルは、「ぼくらが科学者になったわけ」。

世界的権威の科学者たちは、どのような子ども時代を過ごしてきたのか。
何に興味を持ち、何に影響を受け、どんな家庭に育ち、何を考えて成長してきたのか。
ノーベル賞受賞者を含む27人のインタビューで構成されています。

この本に登場する27人の中には、14歳で大学入学という経歴を持つ人が複数いるのは事実です。
でも誰もが一直線にその道を歩んでいるわけではありません。
途中、ドロップアウトしたかに見える人も、
その後、科学者としての道に入り直しているのです。

様々な経緯をたどる中で、共通点と言えるのは、
彼らが子どもの頃から本が好きだったこと。

既に大人であるわたしたちも、
自分の好奇心の行方に、今一度、目を向けたいところです。

***

パブロフの遺言は、次のような警告で締めくくられているそうです。

「科学は、その人の全人生を要求するものだということを
心にとめておいてください。
たとえ、あなたに命がふたつあっても足りないほどです。
研究と探求に情熱を注ぎなさい。 」

科学者でなくても、胸に留めたい言葉ですね。

 

『書きたがる脳』:その傾向の理由

(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

この本を読んだとき、「〇〇したがる傾向」は本当に人それぞれ、
さまざまだなぁと再確認しました。

嘆きたがる人、冒険したがる人、群れたがる人…。

でも、どんな場合も、その人にとっては、整合性や合理性のあることなのでしょう。
他ならぬ、その人の脳がそうしたがっているのだから。

あなたは「何をしたがる脳」を持っていますか?
そして、それをうまく活用できていますか?

 

『20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学 集中講義』:自分を活かす許可


(書影をクリックすると、アマゾンのページに移行します。)

「許可」に関して記された部分を紹介します。

人間は二つのタイプに分かれることがわかってきました。
自分のやりたいことを誰かに許可されるのを待っている人たちと、
自分自身で許可する人たちです。

自分自身に与える許可とは…
常識を疑う許可、世の中を新鮮な目で見る許可、実験する許可、
失敗する許可、自分自身で進路を描く許可、自分自身の限界を試す許可。

きっと他にもありますね。
(この場合の「許可」は、「自由」や「権利」と呼んでもいいかもしれません。)

自分で許可すればいいだけのことを、
他人に許可をもらうことで、責任を免れると思う人もいるようです。
(端的に言って、卑怯です。)

自分の「自由」や「権利」の領域に「責任」を持つことが、
自分を活かすことにつながるのに、と思います。